2010年1月27日水曜日

助言

今日、モンゴルに来る前に一緒に働いていた職場の子から、『ブログ見たよ~!!頑張れ~!!』との嬉しいメールが(≧∇≦)

『でも・・・保育器の件は医療者じゃないと分からないかも!!』・・・との嬉しい助言付き。

なので今日は『何故、未熟児に保育器が必要なのか?』を簡単に説明したいと思います( ´ー`)ノ

先ず、低体重児(2500g未満の児)・未熟児(妊娠37週未満で生まれてきた児)は正期産で産まれてくる児とは違って、皮膚呼吸が未熟なため体温調節機能が明らかに劣ってるんですね。

なのでその際、低体温を予防するために保育器が必要になってくるわけです。

保育器は温度・湿度を調節する機能がついているので、全身管理が必要な児をオムツ1枚の状態で管理できる優れものなわけです。

しかも!!保育器の中の酸素濃度も調節できるので、呼吸管理が必要な児もセンサー(体内酸素濃度を測るもの)をつけて体内の酸素濃度を調整することも出来るんですね。

なんて・・・こんな簡単な説明でご理解いただけたでしょうか(><)

保育器が来る前は新生児用のベッドが一つしかなかったため、写真のように保育器が必要な赤ちゃんが、一つのベッドに寝かされ、所狭しと必死に呼吸をしていたんです。


『大好きなお母さんに、1日も早く抱いてもらいたい。』

そう訴えているようで、見るに耐えなかった。

いや、絶対そう訴えていたんだと思う。

現在保育器が1つ。新生児用ベッドが1つ。

それでもやはり足りない。

必要なところに・必要なお金が回ってこない。

命は平等なはずなのに・・・。

2010年1月23日土曜日

1500gの小さな命



一昨日は物凄く嬉しいことがありました!!

なんと!!

喉から手が出るほど欲しかった保育器がバガノールの病院に来たんです!!
勿論、病院側が購入したわけではなく、だからと言って国が購入してくれたわけでもなく、他国の寄付金で購入されたものだそうです。

何度も何度も会議・計画立案・草案作成を繰り返し、国に訴えてきました。
却下されても、諦めず何度も何度も・・・。何ヶ月もかけて・・・。
これは活動先の病院スタッフの汗と涙の結晶だ!!・・・と保育器の前で思わず涙。

だって・・・今まで一つも保育器がなかったんです。

毎日のように赤ちゃんが生まれる元気な街・バガノール。
だけど生まれてくる赤ちゃんがみな元気に生まれてくるとは限らない。

去年9月、未熟児で生まれてきた児が生後5日でお星様になってしまいました。
『保育器があれば助かっていたかもしれない・・・』と嘆く医師。

でも、今後は保育器がないことで助けられなかった命を救うことが出来る。

早速昨日、1500gで生まれてきた未熟児が保育器の中で頑張っています。
まるでこの子が生まれてくるのを知っていたかのように、前日に保育器が来たことは偶然と思えずにはいられない。

まだまだ圧倒的に必要な医療器具が足りないバガノール。
勿論これはモンゴル全土にも言えることですが・・・。

そのことを院長はじめ、医師・看護師達も痛いほど分かってる。だからこそめげずに訴えることを止めない姿・より良い医療を提供したいという姿を見て、自分の活動も引き続き頑張っていこうと思いました。

2010年1月20日水曜日

あるものは何でも使おう!!

今日は点滴台が全くなかったので、こういう時は写真のように点滴をしています!!
・・・というか、毎回足りないので毎日このような光景を目の当たりにするんですけどね(><)

分かりますか?壁のフックにうま~く点滴瓶を引っ掛けて点滴をしてるんです。

あるものはうまく使う・・・。モンゴル人は冴えてます( ´ー`)ノ
でも、この点滴が終わるまで患者さんは動くことが出来ません。

2時間もの間、じっと点滴瓶を見ながら終わるまで待つ。
モンゴル人は我慢強いです。

でも、そんな患者さん達を見ているのは正直辛いです。
改めて日本は物に溢れているなぁ・・・と思った。

2010年1月19日火曜日

う・・・うそぉ・・・

バガノールに来てからというもの、『時間を守る』という概念が消え去りそうな今日・・・。
なぜならば、病院に置かれている時計の9割が止まっているから・・・(@@)

この写真は手術室で撮った1枚。


手前が私の腕時計(ブレてて分かりにくいかも。ゴメンナサイ(><))
私の腕時計は9時20分をさしているのに、肝心の手術室の時計が2時50分になったまま。
どうやって手術時間を把握するのか・・・!?

驚くことに、腕時計をしている医師も看護師もあまり見かけない。

じゃぁ、なにで時間を把握してるの?

そう。モンゴル人の大半は携帯電話で時間を把握しているんですねぇ(@@)

更に驚くことに、輸血の際の滴下調整を携帯電話についている時計機能で合わせちゃう・・・。
日本の医療業界じゃ、ビックリな光景です(><)

日本と違ってモンゴル人は『時間通りに動く』という習慣がないため、約束した時間に来なかったり、時には「あらっ、忘れてたわ!!」・・・なんてことも日常茶飯事。
反対に時間を守るモンゴル人を見つけた時には、まるで後光がさしているかのように見えます( ´ー`)ノ

私のカウンターパート(活動先のパートナー)は必ず時間を守る人なので、日々後光がさして眩しいです(笑)
なので引き続き私も『時間を守れる人間』でありたいと思います。

約束は守る。約束は守るためにあるもの。その約束の積み重ねが信頼関係を生む。
大事な人から教えてもらった言葉をいつも胸に抱きながら・・・( ´ー`)ノ

2010年1月18日月曜日

念願の体重計!!

とうとう近所のマーケットで念願の体重計を購入しちゃいました!!実はバガノールに赴任してきた時から、ずっと気になってた商品。



モンゴル料理は『肉・脂・小麦』が主流。そうなんです、太る要素満載!!(笑)
今まで太った隊員を何人見てきたか・・・。(不思議と男性隊員は痩せていく・・・何故だろう!?)

冬は-20~30℃は当たり前なここモンゴル。なので大好きなウォーキングも出来ず、インドア生活真っ只中なこの時期。更に太る要素が・・・(@@)

これはちゃんと自己管理をしなければ!!・・・と(><)

でも、買うまでに苦労しました~(笑)
未だにモンゴル語がお粗末な私。

顔馴染みのマーケットのお姉ちゃんに、『体重計が欲しいんだけど・・・』と言ったら『あっちにあるわよ!!』と連れて行ってくれた・・・までは良かった!!
そしたらいきなり『ホラ、カバンをおろして!!服を脱いで!!さぁ、これ(体重計)に乗りなさい!!』と言われて・・・。

そうなんです。お姉ちゃんは私が『体重を測りたい』と思って連れてきてくれたんですねぇ(><)
モンゴルでは道端にふつ~に体重計が置かれていて、その場で体重を測るとお金を払う・・・といったビジネスがあるので、わざわざ体重計を買いたいという人間は珍しかったのかもしれないですねぇ(≧∇≦)
あ、それともモンゴル語が通じてなかったのかも!?

『やだっ、体重計を買いたかったの?』ってゲラゲラ笑われました~!
そんな出だしがあったお陰か、少しおまけして売ってくれました(笑)

そして・・・さっき恐る恐る乗ってみたら・・・モンゴルに来てから3キロ痩せてました!!
これも間違いか?(笑)

2010年1月15日金曜日

刺さったらどうするのぉ

今日は患者さんに使用した注射針を、モンゴルではどのように破棄しているのかをレポート!!

日本なら『ミッペール』といったプラスティックで出来た特別な箱があって、終わったら安全に・且つ簡単に破棄することが出来ます。(でも高いんです。その箱も、処理するお金も・・・。)

ですがここはモンゴル。そんな高い箱は買えません。実際そんな箱が存在することすら彼女達は知りません(><)

なので写真のように、こ~んな小さなペットボトルの穴に針を捨てているんです。
まだペットボトルがある病棟はいいです。
そのペットボトルも用意できない病棟は、写真のように薄っぺらい紙製の箱に捨てているんです!!








更に箱すら用意できない病棟はご覧のように『膿盆』っていうお皿にそのまま破棄している・・・。
もう針がむき出し(><)

モンゴルの看護師達はいつも危険と隣り合わせ。とにかく危ない!!

『私達もしてはいけない処理をしているのは分かっている。でもお金がないから仕方がないのよ。』と嘆く彼女達。なんとかいい方法ないかなぁ・・・。

安全に働けるような環境を整えてあげたい。

2010年1月14日木曜日

欲しいなぁ・・・点滴台

バガノールの病院に配属されてから5ヶ月目に突入。これまで色々なビックリ出来事に遭遇してきました。その中で先ずは『圧倒的に足りないもの達』と題して今日から綴っていきたいと思いますヽ(´▽`)/

先ず、最初の写真を見てどこが変だか分かりますか?

そうです!1本の点滴棒に二人の患者さんの点滴が使用されています。点滴台が病棟に1~2台しかないので、このような状況がごく当たり前のように毎日行われています。

圧倒的に必要なものが足りません。

おまけに、ここにある点滴台は日本とは違ってキャスターがついてないので、点滴が終わるまでじっとベッドで寝ていなければならないんです。
おまけにナースコールなんてものは存在しないので、終わった頃に『お~い、点滴終わったよ~!!』と部屋から叫ぶシステム。しかも叫んだって病棟に看護師がいないことがよ~くあるので、終わっても動けず・・・といった状況も日常茶飯事。そんな状況によ~く遭遇する私は、抜針(終わった点滴針を抜くこと)をする日々(笑)
看護師が病棟に誰もいない現象は、今後師長さんと話し合って改善していかなければならない問題なんですが・・・。

そして次の写真。これはベッドサイドのライトに紐をくぐりつけて点滴をしている写真です。この紐がゆるくなってほどけたらどうするんだろう!?・・・と、いてもたってもいられない私。
しかもこの紐、患者さんのガウンの帯なんです・・・。
でも、ものがないから仕方ないんです(><)

みんな工夫を凝らしながら、仕事をしています。
日本ではビックリなことも、モンゴルでは当たり前。
その大らかさに魅了されている今日この頃です( ´ー`)ノ

2010年1月12日火曜日

2010年 セミナー!!

以前からやりたかった『心肺蘇生法』セミナーに向けて、昨年末から約3週間もの準備期間を費やし、やっと今日行うことが出来ましたぁ!・・・と言っても、今日から週に3回、今月末まで病棟の‘夜勤明け看護師対象‘なんですけどね(笑)
少人数で行ったほうが教わる側も絶対わかりやすい!!・・・と私が言ったからなので(><)

勿論一人ではなく、快くこの仕事を引き受けてくれたICUの師長さんと。

ここバガノールの病院では、手術の際はICUの師長さんが手術に出向き、医師の指示のもと点滴を準備したり、術中の患者さんのバイタルを測る・・・などの仕事に携わるシステムになってるんですねぇ。

師長であろうと、緊急手術の時は昼夜問わず呼ばれる・・・。日本ではICUの師長がその都度出向くなんてことは絶対ないのでビックリ!!

なので、『あや!!緊急手術が入ったから今日は話し合いができないわ!!』なんて事が何度あったか・・・(><)
正直、今日に至るまで実は出来ないんじゃないかと思っていた(笑)

でも、やっと今日セミナーが出来る!やるぞ!・・・と意気込んでいたら、開始直後からPCがうまく作動しない・プロジェクターが動かない・・・なんて災難に見舞われ大慌て(@@)
でも、なんとか1時間半に渡るセミナーをすることが出来ましたぁ。

動画および沢山の写真を取り入れながらのパワーポイントでのセミナー、実技とあってみんな興味津々で聞き入ってくれた( ´―`)ノ

モンゴルではセミナーを聞きたくても資金不足で参加できない、なので常に新しい情報が入ってこない、自分達で行うにしてもいい材料がない・・・とあって、いろいろなセミナーを開きたかった私。
でも、ありすぎてどこから手をつけたらいいのか分からない。・・・と悩んでいたら、看護部長さんから『先ずは心肺蘇生法』をやりなさい・・・という声が。

さて、じゃぁ、どういったセミナーにしようか・・・。

なにしろわが病院での勉強会と言えば、文字ばかりのパワーポイント。みんな集中力が切れて話し出したり・居眠りしたり・挙句には携帯電話が鳴り出してその場で話し出す・・・といった光景を数回見ていたから、どうにか楽しみながら・飽きずにできる勉強会を!!・・・と思って必死になって作ったパワーポイント。

勿論、未だ私はモンゴル語がお粗末なため、ICU師長さんが話す傍ら私が実践。
なので人形にひたすら心臓マッサージを施してました(笑)

最後には一人の看護師さんが
『あや!今日は素敵な講義、有難う!!』と手を握ってくれて、物凄く嬉しかった。
一人でもそう思ってもらえれば、私の中では大満足なのだ( ´―`)ノ
これから月に1回のテーマを設けてセミナーを開始予定。頑張るぞ!!

2010年1月8日金曜日

さかのぼりますが・・・

モンゴルの首都ウランバートルから西に120㌔に位置する、人口30,000人の小さな田舎街・バガノールの病院での活動が始まりました。

さすが発展途上国。初日からビックリすることが多くて(中には卒倒することも(><))、よくぞ今まで意識消失することなく活動してきたなぁ・・・と思う今日この頃(笑)
小さなメモ帳片手に、『これは変だよモンゴル医療!』と思ったことを書きなぐってきた4ヶ月。
数えると200以上を超えてました。
さて、そんな200を超える中から先ず何を発信していこう。
赴任当初はあまりにもモンゴルの医療水準が低くて(当たり前ですよね。それを改善すべく派遣されたわけですから(><))、
『こんな事が当たり前のように行われているなんて!』
『こんなの明らかに間違っている!』
『おかしい!』
『何なんだ、これ!』
・・って批判することしか出来なかった。
今思うと周りが見えてなかったんですね。恥ずかしい・・・(><)

でも、この4ヶ月で沢山の看護師と関わる中、
彼女達は術を知らない』
『その術を知るための機会がない・物がない』
『そんな中でも誇りを持って働いている』っていう事を知りました。
日本で働いてた時の『ものさし』でしか、モンゴルの医療・看護師達を見ることが出来なかった。
自分にとっても、物凄い学びになりました。
あぁ、気付けてよかった( ´ー`)ノ
モンゴルでは看護師という職業は『注射・点滴をする人』といった認識。
毎日医師からの指示をカルテから拾い、一人の看護師が10人、時には30人近い患者さんの注射・点滴をひたすらする・・・といった業務に追われています。
でもその業務を文句一つ言わず、必死にこなしている看護師達。
そう、モンゴルの看護師達は『愚痴』といったものを言いません。

お給料だって日本円でいったら1万五千円程度。
生活も正直キツイ。毎日みんな切り詰めて生活している。
でも、いつも彼女達は笑顔。
これは見習いたいなぁ・・・。
写真の彼女は内科病棟の看護師さん。これからお仕事開始です!
病棟の中で一番『注射・点滴』が多い部署だけど、
『あや!!私を撮って!!』と自分の働く姿に大満足な彼女が可愛く、そして誇らしく見えたので載せてみました♪

2010年1月7日木曜日

じぃちゃんへの誓い

大好きだったじぃちゃんが2009年12月31日に亡くなった。

93歳でも元気いっぱいだったじぃちゃん。
突然の出来事だった。
そのことを知ったのは、年が明けた2010年1月1日元旦。
おとんからのメールで知った。
今、私は青年海外協力隊としてモンゴルへ派遣中。
だから連絡がスムーズに取れなかった。
覚悟はしてた。去年の夏に肝臓がんが見つかり、余命半年と宣告されていた。
でも、とにかく元気だった。
余命半年だなんて嘘なんじゃないか?もしかしたら帰国の際、元気に出迎えてくれるかも・・・なんて思っていた。
『人の命って本当にいつ・どうなるか分からない。』
一時帰国するつもりでいたけれど、『今はモンゴルでの活動を頑張りなさい。帰国したらお墓参りすればいい。』とおとんが電話越しでため息混じりに話す。
私は気付いたら泣いていた。

そして帰国せず、活動に専念することに。
戻ったら、なんだかじぃちゃんに怒られるような気がしたから。
『せっかく夢が叶って協力隊に行ったのに、仕事を投げ出して何やってんだ!!』って。

じぃちゃんは生粋の東京・下町育ち。(江戸っ子っていうのかな?)
だからって訳じゃないけど、絶対そう言いそうだったから。
だけど2010年早々、活動において初めてのスランプに陥り、正直活動に専念できない自分がいた。
ごめん、じぃちゃん。
私、もっとじぃちゃんに怒られることしてるよ。
『私、何やってるのかな。』

そして、今日は告別式。

さっき、おとんからメールでじぃちゃんの遺影の写真が送られてきた。
もう、私、その写真見て号泣。

『なんて優しい顔で微笑んでいるんだろう』
せきを切ったように泣いた。
何かが外れたかのように。
『じぃちゃん、私、頑張る。頑張るよ。』

じぃちゃんの最後の顔は見れなかったけど、出国する前に沢山ハグしたよね。
肩揉みもした。
爪も切ってあげた。
手足のマッサージもした。
目薬もしてあげたね。
その時、『あぁ、あやは看護師だから目薬さすの上手だなぁ!あやは一級看護師だ!!』って褒めてくれたね。
じぃちゃんが大好きだから、心こめてやったんだよ。だから上手なのは当たり前っ( ´ー`)ノ

『人の命はいつ・どうなるか分からない』

医療職ゆえ、それを痛いほど痛感していた毎日。
だから後悔のないよう、じぃちゃんとの時間を沢山・沢山過ごした。

大好きな人の前では、いつも自分に素直で正直でありたい。

嬉しかったら 『ありがとう』
悪いことをしたら素直に 『ごめんなさい』
大切な人だからこそ恥ずかしがらずに 『好きだよ』 『愛してるよ』
死んじゃったら、言えないもの。
あの時、言っておけばよかった・こうしておけばよかった・・・って後悔するのは、決まって自分に素直に・正直にならなかった時。

『じぃちゃん、ありがとう。』
今日、この日を期に『ブログ』ってものを始めてみます!

悩んで・落ち込んでばかりもいられない。

ブログを始めて何が変わるか分からない。
でも、今の現状を自分が発信しないともっと変わらない。

『絶対、後悔したくない。』

これから、今自分が携わっているモンゴルの医療問題を発信していきたいと思います。
一人でも、二人でも、このモンゴルの医療を知ってもらいたい。

じぃちゃん、勇気をありがとう。